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交響曲第9番ニ短調作品125

副題として合唱付きが付されることも多い。
ドイツ語圏では副題は付けず、単に「交響曲第9番」とされることが多い。
第4楽章の「歓喜」の主題は欧州連合の歌に制定されているほか、コソボ共和国の暫定国歌として制定されている。


この第4楽章の旋律は有名な「歓喜の歌(喜びの歌)」で、フリードリヒ・フォン・シラーの詩『歓喜に寄せて』から3分の1程度を抜粋し、
一部ベートーヴェンが編集した上で曲をつけたものである。


この交響曲は、ベートーヴェンの最高傑作の一つである。
大規模な編成や1時間を超える長大な演奏時間、それまでほとんど使用されなかった、
ティンパニ以外の打楽器(シンバルやトライアングルなど)の使用、独唱や混声合唱の導入など、それ以前の交響曲の常識を打ち破った大胆な要素を多く持っている。
ブラームス、ブルックナー、マーラー、ショスタコーヴィチなど、後の交響曲作曲家たちに多大な影響を与えた。


楽器編成
Fl. 2,
Fl.picc. 1
Ob. 2
Cl. 2
Fg. 2,
Cfg. 1
Hr. 4
Trp. 2
Trb. 3
Timp.
Trgl.
Ptti.
Gr.
Tbr.
弦楽5部
ソプラノ独唱
アルト独唱
テノール独唱
バリトン独唱
四部合唱

交響曲第8番ヘ長調作品93

1814年2月27日、交響曲第7番などとともに初演。



ベートーヴェンはこの第8番を結構気に入っていたのだが、聴衆からはあまりよい反応が得られなかった。
ベートーヴェンの交響曲の中では、1番や2番と同様に小規模である。
ベートーヴェンの9曲の交響曲のうち、この曲だけがだれにも献呈されていない。


楽器編成
Fl. 2
Ob. 2
Cl. 2
Fg. 2
Hr. 2
Trp. 2
Timp.
弦楽5部

交響曲第7番イ長調作品92

1811年から1812年にかけて作曲


明るく軽快な曲想から広く支持され、現在でも演奏される機会が多い。
ベートーヴェンの交響曲中でも最もリズミカルな作品である。
第5番や第6番におけるさまざまな新たな試みの後に、再び正統的な手法による交響曲に回帰した作品であり、9つの交響曲中最もバランス感覚に優れた作品といえる。


演奏時間は約42分。


楽器編成
Fl. 2
Ob. 2
Cl. 2
Fg. 2
Hr. 2
Trp. 2
Timp.
弦楽5部

交響曲第6番ヘ長調作品68『田園』

1807年から1808年にかけて作曲


ベートーヴェンの9つの交響曲の中においては、唯一の5楽章で構成されている交響曲であること、各楽章に標題がつけられた標題音楽であること、の2点において非常に独特な作品である。


1808年12月22日、オーストリア・ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場にて「交響曲第5番」として初演。
現在でいう第5番は、同じ演奏会で第6番として初演された。


演奏時間は約45分


楽器編成
Fl. 2,
Fl.picc. 1
Ob. 2
Cl. 2
Fg. 2
Hr. 2
Trp. 2
Trb. 2
Timp.
弦楽5部

交響曲第5番ハ短調作品67

日本では一般に「運命」と呼ばれ、クラシック音楽の中でも最も有名な曲の1つである。


交響曲第5番の主題展開の技法や「暗から明へ」というドラマチックな楽曲構成は後世の作曲家に模範とされた。
交響曲は、日本では「運命」または「運命交響曲」という名称で知られているが、これは通称であって正式な題名ではない。
世界的にみれば「運命」という通称が普及している例は少ないのである。
この通称は、ベートーヴェンの弟子アントン・シントラーの「冒頭の4つの音は何を示すのか」という質問に対し「運命はこのように扉をたたく」とベートーヴェンが答えたことに由来するとされる。


楽器編成
Fl. 2,
Fl.picc. 1
Ob. 2
Cl. 2
Fg. 2,
Cfg. 1
Hr. 2
Trp. 2
Trb.3
Timp
弦楽5部

交響曲第3番変ホ長調『英雄』作品55

1804年に完成


「英雄」の他、イタリア語の原題に由来する「エロイカ」の名で呼ばれることも多い。
ベートーヴェンの最も重要な作品のひとつ。
フランス革命後の世界情勢の中、ベートーヴェンのナポレオン・ボナパルトへの共感から、ナポレオンを讃える曲として作曲された。
しかし、完成後まもなくナポレオンが皇帝に即位し、その知らせに激怒したベートーヴェンはナポレオンへの献辞の書かれた表紙を破り捨てた、という逸話がよく知られている。


この曲は、曲の長大さや、葬送行進曲やスケルツォといったそれまでの交響曲の常識からすると異質にも思えるジャンルとの本格的な融合、さらに英雄的で雄大な曲想などの点において革新的であり、この曲をもって以後、交響曲はオペラと並ぶクラシック音楽の最も重要なジャンルとしての地位を確立したとされる。


演奏時間約52分


楽器編成
Fl.2
Ob.2
Cl.2
Fg.2
Hr.3
Trp.2
Timp.1対
弦楽5部

ベートーヴェンの生涯

1770年12月17日頃 ドイツのボンで父ヨハン、母マリアの次男として生まれる。幼い頃より、ベートーヴェンは父から強制的に音楽の教育を受ける。


1778年、ケルンでの演奏会に出演。


1782年よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。


1787年、ベートーヴェンはウィーンでかねてから憧れていたモーツァルトに弟子入りを申し入れる。しかし母が死去し、父と幼い2人の弟の世話のためモーツァルトに師事することをいったん断念。1792年からウィーンに移住して活動を開始するものの、そのころ既にモーツァルトは死去。ハイドンに師事。


20歳代後半ごろよりベートーヴェンは持病の難聴が徐々に悪化、後年には中途失聴者となる。


1804年に交響曲第3番を発表
その後交響曲第9番などの大作を発表
しかし交響曲第9番やミサ・ソレムニスといった大作を発表した前後からの晩年の作品群はベートーヴェンが到達した境地の高さを示すものとなっている。


こうして名実ともに一流の作曲家となったベートーヴェンであったが、長期間の飲酒癖(とくに質の悪いワインを好んだ)により肝硬変から黄疸と肝不全を患って、もはや治癒の見込みはなくなっていた。
後年、ベートーヴェンは肝不全と黄疸を患い命を脅かすほどまでに進行し、シューベルトなどが見舞いに訪れるなどしていたが、1827年3月26日、56年の生涯を終えた。

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